三澤の企画より 新年のご挨拶

ニューイヤーおめでとうございます、三澤さきです。
なぜここで、こういう形でご挨拶をするかというと、そうです。やります、三澤の企画。

前回、1ステージのみの断髪公演を行ったのが、2016年の2月1日でした。4年前なんですね、もっと前のような気がしていた。
「髪を切る演劇をやりたいなあ、一緒にやってくれませんか」と言ったら、「いいですよ」と言ってくれた、あの時の皆さまありがとうございます。
演劇をしてきて出会った、大好きな人たちが集まってくれて、わたしのポカを色んなひとに助けてもらいつつ、あの1ステージを見届けて頂いて、馬鹿みたいに幸せな公演でした。

正直、「三澤の企画」としては、なんというか、あの時あの場にいて下さった方々と、一緒に作ってくれたみんなとわたしだけの、1日限りの内緒話のつもりで、もちろん作品は真剣に作ったものだったし、たくさんの人に観てもらいたいものではあったのだけれど、劇団?プロデュースユニット?としては本当に、あの1ステージあの瞬間に産まれて死んだ、という変な確信があって、なのでもう、「三澤の企画」をすることはないだろうと勝手に思っていました。

なのに今回、なぜまたやることになったか、簡単に言うと、シビれたいなあと思ったからです。意味が分からないですよね、ええと、補足させてもらうと、私事なんですが、2019年で30歳を迎えまして、それなりに試行錯誤しつつも演劇を続けてこられて、この幸運に感謝しています。
ただ、ここ数年普段の生活の中で、感受性が死んでいっているような感触があって、生きていくことはどうしても、しゃがみこんだり突然叫び出したり、相手を殴って自分も殴りつけたくなるようなことを、全て回避して1000%ハッピーだけで暮らせるようにはなっていないので、生活の知恵というか、お手軽な方法として、アンテナの感度を低くしてやり過ごす、というのがあると思うんですけど、生活は確かに進めやすくなる、なるけれども演劇を作るときには、アンテナ感度10000%まで研ぎ澄ませて全部、全部を逃したくないんですね。
上手くもない、見目麗しくもない、面白のセンスがある訳でもないわたしにとっては、アンテナ感度がすごく大切で、ただちゃんとその場所にいる、ということを一生懸命感じなければ意味がない、のですが、不器用でもあるわたしが、すぐスイッチひとつで感度を切り替えられるかというとそうではない、どちらかがだんだん犠牲になる、演劇の感度が下がっていく恐怖がすごく、すごくあります。それすら無くなったら、なにが残るというのか。こわい。

体当たりで、飛び散ってもいいから、脳がシビれる演劇をやりたい、やらないともっと、すごくダメになる気がする、そうして今の恐れている自分をぶち殺したいと思った時、随分前に観たあの演劇は、すごくファニーな哀しみが溢れる、シビれる体験だったなあと思い至りまして、作演出の方とコンタクトを取り、吉祥寺で二人でお酒を飲んで、パソコンを持っていないわたしの、きたねえ手書きの企画書を読んでもらい、なんとか作演出を引き受けて頂けて、今回そういう運びになった訳です。

長々と、なんだか分かるような分からないような、わたし自身の話しをしてしまいましたが、演劇に於いて客席空間というところは、とてもスーパーな場所ですので、是非ともシビれる体験をご一緒に、同じ時間を過ごしてみませんか、というお誘いです。
と言われてもアナタ、場所も時間もチケット料金も分からないのに、そんなこと言いやがって!と思われますよね、全くもってそのとおりです。
実はもう、出演して下さる俳優さんも、支えて下さるスタッフさんも決まっており、わたしが信じる、最高にシビれる方々ですので、今すぐ言いふらしたい気持ちなのですが、まだちょっと先のお話なので、「やります」ということだけでも、頭の片隅にお邪魔させて頂けたら、とっても!幸いです。

企画を進めていく中で、もうすでに大小のポカをやらかしているわたしですが、なんとかかんとか、まっすぐにぶつかって、体と心のあちこちが飛び散ることになっても、それでも芯だけは見失わずに、ビリビリとシビれる体験を、観に来てくださるあなたにも、参加してくださるみんなにも、お届けします。
インファイトで攻めてゆきます。という、決意表明でした。

長々とお付き合い、ありがとうございます。
2020年が、あなたにとって輝かしい、素敵な1年になりますように。

もっとちゃんと詳しいことは、2月1日から順次、大声でお知らせしますので、気にして頂けたら、とても嬉しいですが、気にして頂けなくても、目に入るくらいには頑張って大きな声を出すので、忘れててもらっても大丈夫です。
あなたを殴って抱き締める準備はできています、愛を込めて。らぶゆー!

2020年1月1日 三澤さき

三澤の企画

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